Referred by Farrukh. Great trick shots.

Intervention

Japanese government intervened in FX market in a massive way on Monday, October 31. The amount is said to be close to 8 trillion yen.

This intervention was rather peculiar and some say it was creative or well thought through. It started in the morning at around 10am. USD/JPY shot up to 78.50 level and then it started to lose steam. So far, this was a typical intervention. Then, the government came in again, pushing USD/JPY up to 79.50 level, which showed a rather strong commitment on their part.

What seemed most peculiar to me was that apparently the government kept USD/JPY level at around 79.20 level from 11:30am to 3pm. It was literally pinned at 79.20. The market now understands that the government was giving selling opportunities to the exporters. Not only the exporters, but retail speculative traders also got a great opportunities to buy JPY while the government was keeping USD/JPY artificially high. JPM reports that probably about 50% of the intervention amount was absorbed by those retail speculative traders on FX margin accounts.

Whether it is exporters or spec traders, the government provided an opportunities for them to sell USD and buy JPY as a trading counterpart. As a result, the government’s foreign reserves account will increase by another 100 billion dollars, adding more risk to the government’s balance sheet. And as JPY strengthens again, there will be an even larger valuation loss piling up in the government FX account, which ultimately needs to be borne by tax payers.

In short, intervention transfers wealth from all tax payers to a subset of population, i.e., exporters and speculative traders. If exporters report large profits and pay a large amount of corporate taxes and/or spec traders make a lot of money and pay taxes on their profit and spend the profits on consumption, this government’s “subsidy” may have some effect although it’s far from efficient. But so far, it appears only the wealth transfer has been taking place at tax payers expense and no return has been recognized.

We need to be mindful about these economic and financial consequences of market interventions, rather than just focusing on whether interventions work or not.

京都のタクシー運転手との会話

タクシーに乗ると、当然のことのように「最近どうよ〜」みたいな会話をする。ある意味で一番いろんな人みてるし、人手の多少やお金の周り具合など、結構面白い話が聞けるからだ。土曜、日曜と京都に行った時も、いろいろと話を聞いてきた。

土曜日に乗ったタクシーの運転手、社会保障による財政破綻を懸念するなど、そこそこ勉強している感じ。いい感じで話をしていたところ、「小泉構造改革で世の中は滅茶苦茶になった」と。これは面白い話になりそうだと先を促して聞いてみると、小泉時代のタクシー自由化で誰でも参入できるようになり、中小の貸金業者が中古車を買ってきて塗り直し、砂利敷の露天駐車場使って参入し、タクシーの台数がどんどん増えてしまったんだということ。当然の質問として、「それで誰が困ったの?」と聞くと、タクシーの運転手だというこれまた当然の答え。別に運転手は贅沢をしたいのではなく、皆これならばなんとか食べていけるかなと思って運転手になっているが、それすら覚束なくなっているということ。まあ、どこにでもある話だ。

結局のところ、これまでは統制市場で参入を制限することによって需給バランスを保っていたところ、供給側の制限を撤廃したために供給過剰になってしまって困っているということ。経済学的に考えれば、価格が低下して需要を喚起しそれによって新たな均衡点に移動することになるが、価格が統制されているために値下げができず需要も増えない。ただし、深夜料金部分に関しては表の値下げ競争が進んでいることも事実だし、実は京都近辺では裏の価格競争も進んでいる。深夜など、「宇治まで行くなら〇〇千円で良いよ」なんていう価格交渉が行われているようだ。それでも需要はなかなか増えない。四条の縄手と花見小路の間あたりなど、深夜はタクシーが大量にあふれている。昼間ももちろん空車が多く見受けられる。連休、桜、紅葉の時でも、タクシーを探すのに苦労することはない。

構造改革でも規制緩和でも市場原理に基づいて最適な資源配分を目指す考え方を僕は支持するが、中途半端なやり方は却って悪影響を及ぼす可能性もあるだろう。タクシーの台数を自由にするのならば、価格も原則自由にしなければいけない。

日曜日の運転手からは、京都に外国人観光客は戻ってきたし、日本国内からの観光客も戻りつつあるが、地元の人たちの経済力が衰えてしまって今後が恐ろしいということも聞いた。観光客が落とすお金はやはりたかが知れていると。地元の旦那たちは老齢化しており、新しい旦那衆が生まれていない。だから、祇園が危ない。祇園が栄えないと京都は本当の意味で元気になれない、というのが運転手さんの意見。祇園がすべてとは思わないけど、確かに祇園は京都の元気のバロメーターにはなるだろう。土曜日の夜に行ったクラブもガラガラだった。大変だろうな。おいしいお店で1万円から1万5千円を落としてくださる観光のお客さんは戻ってきた、と。しかし、2万円、3万円をあてにして成り立っている部分がかなりある京都の飲食業は、これでもまだきついらしい。地元の金持ちはそれぐらい普通に使ってた、と。15分のタクシー乗車でも、かなり勉強になった。

リテラシー

先日アゴラでの池尾先生の記事で、僕とのやりとりを枕として使っていただいた。池尾先生の記事は、前に貼った記事と合わせて読んでもらうと面白いかも知れない。

昔留学中に、”How to lie with statistics” という授業をとった。大学でそんなことをトピックとして採り上げて授業をし、それに単位を与えるというのは、何とも言えない懐の深さを感じるものだった。数値データを使って説明すると妙に説得力が強くなる一方、読む側ではそれなりに気をつけて内容を検討しなければならない。それこそ真のリテラシーだと思う。

ケインズ対ハイエク

先日、とある方のご紹介で、欧州で金融政策に関わっている方と昼食をとりながらたっぷり話すことができた。色々興味深い話を伺い意見交換もできたのだが、当たり障りのない、でも面白い話を一つだけ書いておきたい。

欧州での金融政策論議はケインズとハイエクの間で最適点を探す、あるいは動的にその間で揺れ動く道筋を作り出すことが中心だと。もっと言うと、純粋な貨幣数量説を唱えるような人はいない、あるいはいても相手にして貰えないそうだ。あと、はっきり聞くことはできなかったけど、サプライサイダーもほぼ死滅してるような印象だった。

日本はどうなのか。貨幣数量説やサプライサイダーは否定されても否定されても盛り返してくる。どなたか、この論壇の構造の違いを研究していただけると非常に興味深いものができると思う。

ケインズ対ハイエクと言われて何のことだかすぐに頭に浮かばない人は、まさか永田町・霞ヶ関とマスコミには居ないよね。

円高対策と少子化対策

前にもちょっと書いたけどhttp://tedtakeda.tumblr.com/post/7751300743 円高対策とか少子化対策って、問題の建て方が根本的におかしいと思っている。

円高対策は円高を円安に持っていくのではなく、円高でも円安でも関係ないような産業消費構造を作っていくことだろう。少子化対策にしても無理矢理子供を増やすのではなく、出生率がある程度低下していっても持続可能な社会構造を作っていくことだろう。

このあたりの問題設定の稚拙さは、どの様に解決していけばよいのだろうか。政治の問題化、論壇の問題か。マスコミに期待できないのだけは明らかだろう。

効率化

人口が減少する中で経済を成長させようと思ったら、一人頭の生産性を上げるしかない。要するに効率を良くする。一人でより多くの仕事ができるようにするということは、一つの仕事に必要な人の数は減るということ。これは議論の余地のない世界。ここまではゴーンでも誰でも連れてきて、コストカットやらせてIT化を進めたりすれば出来ちゃう。政府の電子化だってどんどん進めたら窓口にいる人はほとんど不要になるでしょう。日立と三菱重工が合併して、従業員数が変わらないなんて事もありえないだろう。

ここから先が難しい。余った人をどうするか。本来、人が足らなくなってきているから少ない人数で仕事ができるように効率化を進めるんだけど、当然必要以上に労働力への需要は低下する。ただし、厳密にはこれは既存の産業においてということであって、新しい産業が生まれればこの限りではない。経済学の理論は、ここで新しい産業が生まれてそこへ労働力の移動が発生することを想定する。当然と言えば当然。労働力に対する需給が思いっきり緩んでいるわけだから人件費は下がっているはずだし、新しい産業としても雇いやすい。何より、失業者はどんなものでも仕事がほしい……はず。

ただし、失業保険とか過去の報酬の記憶とか、色んなものの為に労働力は簡単には動かない。正規社員と非正規社員の問題も同じ。旧来からの産業も人員削減する中で当然良い人を選別しなければいけない。仮に、他の会社からはじき出された人が今の正規社員より高い能力を持っていたら、当然そちらを雇いたいだろう。労働力の入れ替えだ。正規社員の既得権益みたいなものがあるとなかなかこの入れ替えはできない。しかし、入れ替えをしないことにはいつまでたっても最適配分なんておこらない。

世の中は資本・資金という滅茶苦茶流動性の高い資源、技術という中程度に流動性のある資源、ブルーカラーの経営陣という日本以外ではかなり流動性の高い資源、そして非常に流動性の低い多数の労働者という、流動性に大きな隔たりがある生産要素の組み合わせで出来上がっている。この流動性の違いが色んな歪みを生んで、空洞化やデフレの要因ともなっているのだろう。

子供の国

二大政党制なんて日本には無縁のものかもしれないけど、一応一言。 アメリカ流に行くならば、大きな政府の民主党と小さな政府の共和党。雑多なイシューで党派の差がぐちゃぐちゃになっている所もあるけど、基本的に大きな政府と小さな政府の差はまだ明確に残っていると思う。 大きな政府は、政府が税金を沢山集めて沢山使う。小さな政府はその逆。だから、債務増加が問題になると、民主党は増税すればよいと言うし、共和党は歳出カットすればよいと言う。単純なはずなんだけど、アメリカもねじれちゃっているから話が纏まらない。 日本はというと、軸がそもそも存在しない。大きな政府指向の筈の民主党は増税が嫌らしいし、小さな政府指向の自民党も政権末期はばらまきを続けた。結局選挙で勝つためには、税金は少なく政府の歳出は多くという、どうやっても帳尻の合わない夢幻を、マニフェストやアジェンダなるものに書かないといけないわけだ。 国民がそれじゃなければイヤだというからいけないんだと言えばそれまで。おもちゃ売場で買って買ってとダダをこねる子供と同じ。でも、政治家はやはりそれ以上に罪が深い。出来ないことを出来ないとわからせる必要があるだろう。 震災からの復興を考えると、小さな政府が選択肢にならないのは明らかだ。大幅な増税が必要になるのはこれもまた明らか。負担の時間的平準化を目指して復興国債の発行を行うのは構わない、あるいは望ましいだろうが、確実な償還財源との紐付きでなければ、これもまた夢幻、画餅になってしまう。まあ、明らかな紐付きにするとリカルド様がお出ましになってしまうかも知れないが、これは仕方がない。 知能が発達しないと時間の概念は存在しない。因果関係も理解ができない。子供ってそういうものだ。日本はどう考えても子供の国だよ。大人の国に住みたいものだ。